浅黄色と浅葱色の違いとは??
江戸時代後期の俳人として
有名な小林一茶の正月の俳句として
次の一句をみつけた。
「元日や上々吉の浅黄空」
※江戸時代後期(1750年~1850年)
※江戸時代を代表する俳諧師:松尾芭蕉、与謝蕪村
浅黄空は、「あさぎぞら」と読むのだが、
一体、どんな色なのか疑問に感じ、調べてみた。
読んで字のごとくではないが、
浅黄色(あさぎいろ、あさきいろ)は、
色のひとつで薄い黄色であり、
浅葱色(薄い青緑色)とは別の色だとか‥
ただし、
浅葱色のことを「浅黄」と表記することもあるとか‥
で、
なにを疑問に感じたかというと、
なぜ、一茶は、浅黄空と詠んだのか?
空の色は薄い黄色だったのか?
正月の空は、薄い黄色なのか?
という疑問。
でも、
浅葱色のことを「浅黄」と表記することもあるのであれば
薄い青緑色だったのでは??
余談だが、
浅葱色は、新選組が羽織等で使用したことで有名で、
武士の死装束の色(碧血の故事ににちなむ)が本義らしい‥
正月にはそぐわないと思うが‥
ちなみに、
小林 一茶は、宝暦13年5月5日(1763年6月15日)の生まれで
文政10年11月19日(1828年1月5日))に亡くなっている。
元日や上々吉の浅黄空 小林一茶
なんと一茶は元日・正月だけでも100句以上作っているとか‥。で、最も有名の句の一つが自選句稿『浅黄空』のタイトルにもなっている「元日や上々吉の浅黄空」です。その他も含めていくつかを‥。
「元日や上々吉の浅黄空」
「世の中をゆり直すらん日の始め」
「我が春も上々吉よ梅の花」
「みどり児やお箸いただく今朝の春」
「這へ笑へ二つになるぞ今朝からは」
「正月の子供に成りてみたき哉」
‥
小林一茶の自選句稿、『浅黄空』(あさぎぞら)
『浅黄空』(あさぎぞら)は、俳人小林一茶の自選句稿で、元々は無題だったとか。荻原井泉水により「花春帖」と名付けられたこともあったようだが、巻頭の「元日や上々吉の浅黄空」から「浅黄空」と呼ばれらしい。
自選句稿『浅黄空』(あさぎぞら)は一茶最後の自選句稿とされ、文化期後半から文政期を中心に春の発句530と俳諧歌4首を類題別に収めたもの。原本は一茶門人の久保田春耕家に伝えられ、一茶ゆかりの里 一茶館で保管、公開されています(「花春帖」の題が付された折本仕立て)。
まとめと関連情報
なんと一茶は元日・正月だけでも100句以上作っているとか‥。で、最も有名の句の一つが自選句稿『浅黄空』のタイトルにもなっている「元日や上々吉の浅黄空」です。
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